2015年2月28日土曜日

インド式歯磨きは、究極のエコである

インドの朝、出勤時に、木の枝をくわえて歩いている人を良く見る。

なんだあれ、と思ってドライバーに聞いてみると、

「歯磨きしてるんだ」

という。

なんでも、「歯磨きの木」というのがあって、

それを手折って歯ブラシとするらしい。

折れて木の繊維がむき出しになった方を、口の中に入れてごしごし。

どんなかんじなんだろう…

私もやってみたかったけど、腹壊したら…と思って怖いので手が出ませんでした。


ところで、インドの歯磨き粉はいいですね!

私は今でもDabur redという歯磨き粉を使っています。

磨いた後はさっぱり爽快いいんですよこれが!

日本で買うとあほみたいに高いので手が出ませんけどね。


インドに住んでいる人は、虫よけクリームとかのおまけでサンプルがついているので、

それを試してみてはいかがでしょうか。

2015年2月26日木曜日

カレーを手で食べるインド人など存在しない。日本人が皆ちょんまげである、というのと同じレベルの都市伝説だ

インドで働いてました、と日本で言うと、結構な確率で

「手でカレー食べるんでしょ」

って聞かれます。

私もインドに行く前はそんなイメージでした。

しかし…今まで手で食べてるインド人は二人しか見たことありません。

夢を壊してしまって申し訳ないけど。

しかもその二人はどちらも日本語の通訳。

日本人向けに見栄を張ってるんじゃないの?って疑っちゃう。


で、他のインド人に聞いてみたんだ。

「日本では、君たちはカレーを手で食べることになってるけど?」って。

そしたら彼は、

「そりゃもちろん、手で食べた方がおいしいからね!」

とスプーンでカレーを食べながら言うんだ。

なんなんだよこいつら…


で、一度、会社の食堂で昼を食べているときに、

思い切って私も手で食べてみた。


そしたら、インド人のやつら、腹を抱えて笑いやがるの。

スプーンあるじゃん!とか言って。

意地張って最後まで手で食べたけど、

カレーを手で食べるとめっちゃ熱い!ってことに気付いた。

味は…特に変わらぬ。

きっとインド人は、長年のスパイス生活で、手がスパイス味なんだろう。

2015年2月24日火曜日

インドでキャバクラを始めた人の話がおもしろい

インド関連のウェブサイトをあさっていたら、
面白い本を見つけました。「インドでキャバクラ始めました」っていう本です。


おもしろそうだったので、さっそくKindleで読んでみた。
予想通り、おもしろかった…

4コマ漫画だけど読みごたえあるし、
何より「インドで働くあるある」が満載。

激しく共感しました。
2014年9月に初刊発売、
2014年11月に2巻が発売し、
その後続編は出ていませんが…

激しく気になります!
最新の4コマ漫画はWebでも読める見たいですが、
まとめて読みたいので3巻の発売を待ちます!
早く早く!


2015年2月22日日曜日

インド人の恋愛事情について

インド人は結婚に関して、文化的に日本よりも制約を受けている。
すなわち、お見合い結婚が主流で、恋愛結婚のハードルが非常に高い。
では、彼らが恋愛を全くしていないかと言うと、そうでもない。
意外と遊び人もいるのだ。

インド人スタッフに冗談で「彼女は何人いるの?」って聞いたら、あっさり「3人です」って返ってきてびっくりした。
地元に一人、今住んでいる中都市に一人、デリー近郊に一人。
それぞれの彼女は、お互いの存在を知らないらしい。

「じゃ、誰と結婚するの?」と聞いたところ、「親が決めた人と結婚します。彼女たちとは別れます」と言うのだ。
なんとうらやまけしからん話だ。

では、女性だけばかを見ているのか?というと、こちらもそうでもないらしい。
ある20代前半の女性スタッフは、イケメンの旦那さんと結婚して子供もおり、一見、何不自由ない幸せな生活をしている。
しかし、しょっちゅう会社支給の携帯電話で長話をしているのだ。
気になって「彼女は誰と電話しているの?」と通訳に聞いてみたら、何と「元彼です」と言う(元彼と言う日本語を使う通訳も面白いが)。
どこまでの関係なのかは良く分からないが、時々甘い口調になったり強い口調になったりしている所を見ると、不倫しているのかもしれない。

しかしインド人は、世間体が大事なんですと言う割には、行動が伴っていないことが多い。
先ほどの元彼と電話する女性スタッフにしても、廊下で堂々と長電話しているわけで、誰と話をしているかなんてヒンディー語がわかる人なら想像できちゃうと思うのだ。
噂が立ったら、自分にとってよくないと思わないのかな。
彼らに取って「世間体」とは、「上司」「親」であり、「同僚」のような同じ立場にいる人は関係ないのか。
だとしたら、回りまわって上司の耳に入るとか、同僚が上司に告げ口するとか考えないのか。
彼らは、先の事を考えて今の行動を決める、という所が欠如しているように思うのだが…。

とにかく、うらやまけしからん。

2015年2月21日土曜日

インド人の結婚事情について

結婚って、文化の違いが顕著に現れるような気がする。
インドの結婚は、基本的にお見合い結婚がほとんどだそう。
ただ、時代の変化に合わせ、少しずつ変わって来ているとの事。
このあたりは日本と同じ道をたどっていると感じる。

昔は、勝手に親が決めてきて、拒否権もなく、会った次の日に結婚ということもあったらしい。
今は釣り書きを見て本人が気に入らなければ、断る事ができるようになってきたとか。
さらに、恋愛結婚も増えつつあるらしい。
実際にうちのワーカーで、恋愛結婚をするつもりで両親を説得しているんだ、という奴もいた。
(彼は今どうなったのかな?Facebookを見ると、結婚したという報告はないけど…)

女性は家族含めてすごく大変。
20代後半で未婚だと、周囲の目も「あの人何か重大な原因があるんだろう」という雰囲気になってきて、つらいものがある。
事務所のスタッフで30歳未婚の女性がいた。その人は、日本人の目から見るとめっちゃ美人なんだけど、インド人から見るとそうでもないらしい。
(俺が赴任してからの1年半の間、みるみるうちにお腹だけぽっこり太ってきたけれど、それもご愛嬌)
ツンデレ要素あるし、お乳も大きいし、仕事も一生懸命やる。
ただ、子供の頃に受けた下手な注射の影響で、左手が少し不自由。
通訳によれば、これが結婚のハードルになっているらしい。
ここがお見合い主体のつらい所。恋愛だと、人格とか相性含めての評価になるけど、お見合いだとなかなかそうも行かないし。

恋愛結婚でも、カーストの階級が違う同士の結婚は認められない為、当人同士は駆け落ちするしかない。見つかれば、下手すると殺されてしまう。文字通り、命がけ。

さらに、嫁の親は持参金をたっぷり持たさねばならず、「娘が3人できると家がつぶれる」という。
恐ろしい事に、インドは諸国に比べて男女比率が不自然にアンバランスで、男の方が多い。
ってことは…

うーん、インドの闇はまだまだ深い…

あ、男は結婚するまではめちゃくちゃ遊んでる奴も結構いました。それは別項で。

2015年2月20日金曜日

インドのピクルス(漬物)に夢中になってしまった話

インドには実に様々な素材を使ったピクルスがあった。
ピクルスと言っても、サンドイッチとかに入っているようなさわやかなやつではなくて、油と塩とスパイスでどっぷりと漬け込んだ野菜や果物である。
インド風の漬物と言う方が、しっくり来るかもしれない。
興味本位で色々試してみたのだが、どぎつくて一瓶食べきれないものもあった。
マンゴーのピクルスなどは、いかにもうまそうな雰囲気なんだが、味が濃くてダメだった。
一緒に食べるものがなかったのも問題だったかも。
きっとインド料理との相性は良いのだろう。

その中で、中毒になるほど気に入ったものがあった。
それが、にんにくピクルスである。
インドのにんにくは粒が小さい為、ピクルスのような付け合せとしても食べやすい。
しかも何故か、他のピクルスと比べて味がマイルドで食べやすかった。
特に日本式カレーとの相性は抜群!
(それでも大変な辛さではあったが…)

最初に買ったブランドのにんにくピクルスは、味は良いのだが、にんにくの皮むきが甘く、時々固い皮を吐き出さねばならなかった。
そこで、いくつかブランドを変えて試し、ついに最良のにんにくピクルスに出会ったのである!

帰任時には2瓶買って帰り、それも残り少なくなったので、日本で売っていないか探した所、何と!車で30分ほどのインド食材店に、同じブランドのものが売っている事が判明。
実際に店に行ってみたが、何箱も詰んであった。インド人も御用達のメーカーなのだろうか。
お値段もリーズナブル。

そして、しばらく品切れになることもあるまいと安心し、何も買わずに出てきたのである。ごめんね、お店の人!
今の所、店もつぶれてないようなので、まだ大丈夫だろう…
そのうち、レシピを調べて自作してみたいと思っている。

2015年2月19日木曜日

インドのアーユルヴェーダ体験

先日、怪しい政府公認日本語ガイドに案内してもらった話を書いたが、その時に案内してもらったのがアーユルヴェーダマッサージだった。

アーユルヴェーダの詳細な説明はWikiに譲るとして、簡単に言えばインド医学みたいなもの。体のバランスを整える系。

地下鉄で声を掛けられた観光ガイドに、「マッサージやりたい」とリクエストしたら、オートリクシャで良く分からない店につれてこられたのです。

一応、明るい雰囲気のこぎれいな店。3000ルピーのオイルコースを選んだ。

(今考えると相場からは結構お高め…)

担当してくれたマッサージ師は、しわくちゃのおっちゃん。達人風である。

店には若い女性マッサージ師もいるみたいで、そっちの方が良かったんだがとちょっと思ったりして…ごほんごほん!

で、いきなりすっぽんぽんになれと言われて面食らったんですが、ここはひとつ大和魂を見せ付けるべく覚悟を決めて、一糸まとわぬ姿でベッドに横たわったわけ。

普通、紙パンツくらいあるよなぁ…

後はひたすらおっちゃんにオイルを塗りたくられる。

頭にも惜しげもなくオイルをぶちまけられ、マッサージ。

全裸でオイルを塗りたくられているが、塗っているのはおっちゃんである。

プライドにかけて、万が一でも体の一部に変化があってはならないと、必死で無の境地を保ちながら60分が経過した。

まーそれほど気持ちよくなかった。タイマッサージや指圧のような、もっとパワフルなマッサージの方が好みだった。

最後にシャワーを浴びた時に、頭のオイルが全然取れなかったが、そのストレスでマッサージの効果が吹き飛んでしまった。

言ってみれば、私にとってはその程度の効果しかなかったわけです。

良い経験になりました。

女性には良いかもしれません。

男性には、インド式タイマッサージの方が楽しいです。

インド式タイマッサージについては、とてもここでは書けませんが、機会があれば体験して頂きたい。

2015年2月18日水曜日

詐欺師判定が難しいケース

観光地で声をかけてくるインド人が、全て詐欺師か?というと、判定に迷うケースもある。
実際、今になっても彼らが何をしたかったのか分からない。
友達になりたいだけ、ってやつもいたって話。

これも、先日書いたコンノートプレースでの話。
雑踏を歩いていると、若い二十歳くらいのあんちゃんが「Japanese?」と声をかけてきた。
俺は日本人が好きだ、ほら今までこんなに友達が出来た、と小汚い手帳を見せてくる。
確かに、彼の手帳には日本語で名前やらコメントやらが書いてある。

彼はさらに続ける。
俺は別に金が欲しいんじゃない、ただ友達が欲しいだけなんだ、と猛烈アピール。
どこに行きたい?いいとこ案内してあげるよ、そうだ近くにお寺があるんだ、そこ行こう。
と、インド人特有の押し付けがましさで、猿の神様のお寺に連れて行かれた。
熱心に案内してくれて、ここでお祈り、ここでお賽銭、とか怒涛の世話を焼いてくれた。
で、チップでも要求してくるのかと思いきや、「じゃ!楽しんで!」って帰っていった。

こちらは完全に金をせびられると身構えていたもんだから、拍子抜け。

また別の日、地下鉄の駅をうろついていたら、インド政府認定の日本語観光ガイド(インド人)に声を掛けられた。
「どこへ行きますか?行きたい所があったら案内しますよ」
と言われ、まだインドになれていなかった私は押し負けてしまい、案内してもらう事になった。
バス代を払ってくれたり、観光案内をしてくれたり、マッサージ屋に連れて行ってくれたりと、色々と世話を焼いてくれた。
特に裏はなさそうだったし、ガイドで飯を食ってる人に対する敬意のつもりで、帰り際に500ルピー渡した。
この人も未だに何がしたかったのか謎だけど、後から考えると、お土産屋に連れ込もうとしたり、連れて行かれたマッサージ屋がなじみっぽかったりと、行く先々でつるんでいる感があったなと。
まあ、チップ渡したし、うやうやしく手を合わせてお辞儀してくれて気分も悪くないし、よしとするか。
今はもう自分もスレてしまったので、こういう人たちに着いて行くことはないけれど。

2015年2月17日火曜日

インドの詐欺師について

インドにはいろんな職業の人がいる。特に観光地では、胡散臭いやつらがたむろしており、無知な金持ちの外国人をてぐすね引いて待っている。
私の出会った衝撃の詐欺師をご紹介したい。

場所は、デリーのお土産屋が軒を連ねる「コンノートプレイス」という場所。
私は出張者を観光案内し、最後にお土産屋さんに連れてきた。
地下にもお土産屋があり、いくつか地下街への入口がある。
そのうちの一つに入ろうとすると、インド人に声を掛けられた。
「ここは地下街の入口じゃないよ。こっちだよ」
そんなわけない、と思ったけど、別に問題ないだろうと付いて行き、彼の言う「正しい入口」に来た時。
一度立ち止まり、「ここだよ。上に書いてあるでしょ!」としきりに視線を上に誘導する。
わかったわかった、ありがとう、とその入口から地下街に入ろうとしたとき。
「ちょっとまって!」
と謎のちょっと待ったコール。
「あなた!靴に鳥の糞がついているよ!」
と言う。出張者の靴を見ると、確かにクソがべっとりと。
「歩いている間にちょうど落ちてきたんだね!」
「でもあなたはラッキーだね。ちょうどそこに靴掃除の人がいるよ。僕が頼んであげる。ハイ、500ルピー」
おいおい待て待て!
お前、俺らが上を向いている間にクソを盛りやがったろ!とか、
靴掃除に500ルピーは高すぎるだろ!とか、
何でちょうどいい具合に靴掃除の男がいるんだよ!とか、
突っ込みどころ満載で、何から突っ込んでいいか分からずしばらく唖然としてしまった。
とにかく、人間の心理をついた鮮やかな手法に感心し、要求する値段のがめつさに笑った。
また、多分2人でクソを盛るタイミングとか一生懸命練習したんだろうな、とか考えた結果、結局掃除させて、敬意を表して15ルピーをあげた。
なにやらわーわー言っていたが、無視して地下街に入った。

私はサンダルをはいていたからクソを盛られずに済んだ。サンダルだと、クソを持った時に気付かれないようにするのが難しいからね。
何がいいたいかって言うと、「コンノートプレースはサンダル履きで行け」ってこと。

2015年2月16日月曜日

インドの輸送インフラについて

インドで予想しにくいリスクの一つに、輸送がある。
インドの輸送は想像以上に、というか日本で生活している人には想像もつかないトラブルがある。

◆郵便物が届かない!
日本の実家から荷物を送ってもらった。しかし、何ヶ月絶っても到着しない。貴重な食材や、両親が海外旅行に行ったときのお土産が入っていたのに…
どこまで荷物が届いたのか、調べるすべもなかった。
後から聞くと、最寄の郵便局に来ている可能性もあるから、問い合わせるなどして受け取る方法はあるようだ。自分の執念が足りなかったのかもしれない…

◆設備を落っことす!
新ラインの立上で、日本から海送されてきた設備を荷揚げする際、何とクレーンで吊った後に落としやがった!当然設備はひしゃげた。
保険で作り直したけど、しばらくはひしゃげた設備の使えるところを何とか直して使った。

◆輸送時の振動でぶっ壊れる!
別の設備を輸送した時の話。工場まで到着した設備をあけてチェックしてみると、制御版とか、ブロワーの中身がぐちゃぐちゃ!
どうも輸送時の振動でこうなったらしい。道が悪いにも程がある!

◆積荷をぶちまける!
木箱に入れた加工ロールが納入されたとの連絡を受け、工場へ見に行くと、信じられない光景が。
何と、中身が荷台にぶちまけられている!これも振動で中身が木箱を壊して飛び出してきたようだ。
すぐにメーカーと輸送業者を呼んで対応を相談。
メーカーの技術部長さんや営業所長さん自ら、クソ暑い中、サンドペーパーで疵の手入れをしてくれた。汗まみれで気の毒だったが、仕方ない。私に出来るのは、スポットクーラーとドリンクの提供だけであった。

◆荷物を勝手に道端に降ろして遊びに行く!
工場で使う資材が届くのを待っていたが、なかなか届かない。調べてみると、何と!運転手が勝手に荷物を道端に降ろして遊びに行ってしまった!しかもわざわざクレーンを自分で呼んで…。

インドの輸送は、本当に沢山のリスクをはらんでいる。
時間通りに絶対届かない。運転手が寄り道したり、休み休み来るからだ。
インドでは輸送業界が強い力を持っているらしく、そのようないい加減な運転手を首にできないそうだ。
なんだかなぁ。

2015年2月15日日曜日

インド人の給料について

インド人の給料は安い。
うちの会社を例に取れば、工場オペレーターは、高校新入社員で月給12000円ほど。
これでも平均よりは高いと言う。
また、スタッフは経験によるが5万~10万円。その上のマネージャークラスになると、15万円程度になる。
同じ会社にいるより、箔を付けて転職する方が給料の上がり代がデカイので、長期的な成長よりも短期的な給料アップに飛びついて転職をするものが多い。
というか、最初から転職前提で会社に入ってくる。
「うちの会社にずっといるつもりあるの?」って聞くと、正直に「4年位したら転職する」と答える。
私が残念な顔をすると、「ずっといることも考えるよ」と取り繕う。
彼らも定年まで勤め上げる日本文化は知っていて、こう答えたほうが受けが良い事も分かっている。
彼らは、4年位したら一通り今の会社の技術を学べると考えており、未につけた技術を売りにして次の会社を探すつもりなのだ。
しかし!たった4年で全てを学べるほど、技術の底は浅くないと思うのだ。
転職の盛んな国は、どうやって技術力を高めていく仕組みになっているのだろうか…
いずれこれは勉強しなければならない。

さて、話はそれたが、次はドライバーの給料について。
彼らは1日300円+残業代。それで大家族を養っているんだからスゴイ。
まードライバーは結構おいしい事もあるので、生活には困らないのだろう。
休日プライベートで車を使った時に、200円くらいお小遣いをあげたりするし、
任期を終えて帰る事になったけど、現地通貨が余ったからドライバーにあげる人もいる。
ある人は、空港まで送ったドライバーに1万円強あげていた。
別の人は、空港まで送ってくれたドライバーに「ドライバー全員に渡しておけよ」と2000円x3を託した。
(結局こいつはそのまま他のドライバーに渡さず、全額ネコババ。しばらくしたら、彼のケータイが立派なスマホに変わっていた)

なので、月に何十万ももらう日本人は、インドでは金持ちであるし、給料に見合った働きをすべく気を引き締めねばならない。
しかしインド人の給料が安いのは確かだが、生活費も安いので、贅沢しなけりゃ余裕で生きていけるし、それはそれでのんびり過ごせて幸せなのかもしれない。

2015年2月14日土曜日

インド人ドライバーについて

インドで外国人が車を運転する事は、大変危険だ。
なのでドライバーを雇う事になる。
ドライバーも個性豊かだった。

◆PWNさん
25歳、だったかな。細身で目つきの鋭いイケメン。
明るくて人懐っこい。仕事もちゃんとやるし、我々の会社で働いている日本人が好きだから、ずっとここで働きたいといってくれるナイスガイ。
しかし忠誠心が高いのと生来の短気な性格が災いし、日本人をかばって切れること数回。暴力沙汰に発展し、不幸にも相手のたちが悪く、会社まで「Pワンを出せ」と仲間たちが押しかける事態に。
他の社員が怖がる為、一次謹慎も、数ヵ月後に復帰。

◆BMさん
27歳、だったかな。愛嬌があり、若干子供っぽい。
仕事はちゃんとやるし、道も良く知っている。
彼は帰任者が「ドライバー全員で分けて」と渡した餞別を、全額着服してスマホを買ってしまうというセコイ一面を持つ。
でも、まあ憎めないイイ奴。

◆MNJさん
27歳だが、口ひげのせいか40代に見える。
あと、9歳の子供がいる。16歳の時に結婚し、年下の奥さんをもらったそうだ。
…ゴクリ。
ドライバーとしては一番堅実であるが、金にうるさい。
運転中も給料を上げろアピールをするし、給料が安い、と愚痴る。
俺に言うな。でも、仕事ぶりからすると少し差をつけてやってもいい気がする。
帰任前に、家族をインドに呼んで旅行した時も、毎日遠くまで文句も言わず運転してくれた。ちょっとおこづかい弾んだからかも知れないけど。
私がインドを発つときの空港までの送り担当だった。1500円くらい選別あげたら、うやうやしくお辞儀してくれた。

◆PRTMさん
25歳だったかな。悪い奴ではないんだが、英語あんまりできないし、道も良く知らないし、あまり機転も利かない。
途中で病気になって生死の境をさまよっており、私の赴任中には復帰してこなかった。

◆SNRさん
上記4人が休みのときのピンチヒッターで、時々来る人。見た目完全に50代のはげ親父だが、30代半ばの私より年下。子供が7人いる。
彼はインド人に珍しく、誇り高き人格者。
休日にドライバーをしてもらったときに、「これでお昼ご飯食べてきて」って200円くらいを渡そうとしたら、「ありがとう。でも、受け取れません。私は仕事でのみ報酬をもらいます」みたいなことを言って、受け取ってくれなかった。
インド人であんな事を言ったのは、私の知る限り彼ただ一人。
いろんな人がいるなあ。

◆レンタカードライバー
一度、空港に送ってもらうとき、すげーうざい奴が来た。
音楽をがんがんかけまくり歌いまくり。
頼んでもないのに、道端で止まって噛みタバコを買って押し付けてくる。
(フライトに遅れたらどうすんだ!といらいらした)
エ○チなビデオ持ってない?ってせがんでくる。
「今日はインドのお祭りなのに働いている自分におこづかいくれ」としつこい。
(後日、これについては少しかわいそうだったかなと後悔した)
最後は全部無視した。

彼らは、朝日本人を会社に送ったら、夜になるまでほぼ自由時間。
遅くまで残業したりすると、子犬のような目で「いつ終わるの?」と聞いてくる。
自由でふらふらしてる感じだが、全然チンピラ臭くなくて、いいやつらでした。

2015年2月13日金曜日

インドの工業製品について

インドの工業製品は、とにかくつくりが甘い。
すぐ壊れて使い物にならなくなるのだ。
こればかりは、Made in Japanの凄みを実感する。

特に苦労したのは、鋼材。
H型鋼、アングル、チャンネル、棒材、配管、継ぎ手などは、
安いのだが寸法精度がめちゃくちゃ!
設備の土台になる大事な大事なH型鋼なのに、見た目で曲がっていたりするのだ。
購入した設備は日本から送られてきたものだが、これの梱包枠に使用されている鋼材のほうがよっぽど寸法精度が良い。見た目もまっすぐ。美しいとさえ感じた。
インド製のH型鋼をやめて、梱包の日本製H型鋼を転用しようかと思ったくらい。
まあサイズ的な問題もあるので、泣く泣く捨てたけど。
据付は日本人の職人がやってくれたので、あきれながらも「絶対大丈夫」って所までやってくれた。
こういう職人さんのおかげで、今日のMade in Japanの信頼性があるのだなあと感じる。

アングル、チャンネルも、位置によって数ミリオーダーで寸法が違うのだ。
だから、例えば置き台を自作しようとしても、サイズ100ミリのI型鋼で設計したのに、実際の大きさが110ミリあったりするので、設計どおりにいかない(泣)

配管なんかも、ためしにインド製の配管の断面をエッチングして組織を見た所、穴が開いていた。
継ぎ手は、エルボのまさに肘の部分から水が噴出す始末。致命的。

一時期、20万円の車をインドのTATAが売り出して話題になったが、
これをどこかの物好きな会社がばらばらにして、鋼材の質を調べたレポートを読んだ。
溶接なんかひどい。ちゃんとくっついているのか、と不安になる。
だけど、良く見るとちゃんと溶接しているものもあるのだ。
単に品質のバラつきが大きいだけか、と思って良く良く読んでみると、
何と重要な部品はしっかり溶接されており、そこまで強度が必要のない部品は溶接が悪い傾向が見て取れた。
これ、分かってやってるのなら、インド恐るべし!たまたまのような気もするけど…
さっきのH型鋼の話も合わせて考えると、インドは適当すぎ、日本は過剰品質。
TATAの20万円カーみたいな、笑えるくらい徹底したコストダウンが必要では?

2015年2月12日木曜日

停電地獄インド

インドのインフラ整備は、まだまだである。
ひとくちにインフラと言っても色々あるけれど、特に勘弁してほしかったのは電気。
毎日10回くらい停電するのだ。
最初はびっくりしたけど、途中から気にならなくなった。
部屋で電気を使いすぎたとか、工場の設備をいっぺんに動かしたとか、そういうレベルの話ではなく、地域の変電所が落ちるのだ。
原因は、雨だったり、垂れ下がった電線が切れたりとしょーもない。

余談だが、工場建設の段階では、この停電を想定していなかった為、
操業中に突然ライン停止してしまい、設備がダメージを受けまくってしまった。
結局シティーパワーを使うとリスクが高いため、UPS入れたりディーゼル入れたりして、後から大変な金が掛かってしまった。

事務所業務に関してはUPS(無停電電源装置)を入れればしのげる。
割とすぐ復旧するので。
一番困ったのは、夏場の夕方に停電し、夜中まで復旧しない時。
インドの夏は暑い。夜でも40度くらいになっていたと思う。
なので、クーラーがないと寝られないし、部屋にいるだけでも苦痛である。
しかし、仕事から帰ってきたら停電しているのである。
そういう場合は、復電するまでじっと我慢するか、外で涼んでいるしかない。
涼むといっても部屋の中よりはマシというレベル。さらに蚊にかまれて最悪デング熱のリスクもある。

復電するにも段階があって、アパート全体で受電した分を、家賃の高い部屋から順番に供給していく。
家賃の低い我々の部屋は、いつも後回しだった。
隣の部屋は明かりがついてるのに、自分の部屋は暗いまま。
ひどい時など、階段の電気が先についたこともあった。

インドの発展は、インフラの発展なしではありえない。
もっと言うと、こんなインフラでインドの軍隊は戦争できるのだろうか、
と余計な心配をしてしまう。
(人間の質を見ていても、とても軍隊が強いとは思えない)

2015年2月11日水曜日

インド人の運転について

インド人は、車の運転がとても荒い。
割り込み、逆走、路肩走行、何でもあり。
スピードもすごく出す。
ドライバーによっては、居眠り運転をするやつもいる。
道路も悪いので、なれないウチは車酔いする人も多い。

また、渋滞がとても多いが、その原因が日本とは異なる。
■事故渋滞
そこらじゅうでしょっちゅう事故っている。
多いのはトラックで、超過積載状態の積荷をぶちまけて横転している光景を良く見る。
■羊飼い渋滞
道端を羊飼いが羊を100匹くらい連れて歩いている。
■交差点渋滞
インドには、大都市にしか信号がない。
ニムラナからデリーまでの2時間、デリー近郊まで信号が一つもない。
なので、交差点がカオス。我先にと交差点に突入し、譲り合い精神が全くない。
クラクションなりまくり。
一日で一生分のクラクションを聞いた気分になる。
■水没渋滞
雨が降ったときは、水はけが悪い為、道路が池になる。
しかも水が汚い。足を入れると、多分傷口からばい菌が入って破傷風になる。
■暴動渋滞
時々、暴動が発生する。ストのデモだったり、異なる宗教間のいさかいだったりする。
そういう場合は、車が燃やされたり略奪があったりして危険な為、
警察が道路を封鎖してしまう。
その結果、ひどくでこぼこの田舎道を通る為、乗ってるだけで疲れる。
■トラック渋滞
商用トラックがデリーに入れるのは夜しかないため、夜間はデリー方面が死ぬほど混雑する。
なので、夜のフライトは要注意。
19時頃ニムラナを出ると深夜25時のフライトにギリギリ。
かといってそれより早く出ると、まだ渋滞していない為、空港に早く到着してしまい、
暇をもてあましてしまうのだ。

以上、悪いことばかり書いたが、良い事もある。
私がいた1年半で、目に見えて道路の整備が進んでいった。
ニムラナ・グルガオン間をつなぐNH8は、交差点のフライオーバー化(高架化)が進み、1時間近く移動時間が短縮した。
都市間を結ぶ幹線道路もどんどん発展し、バイパスが充実していった。
デリー(正確にはNoida)とAgura(タージマハールがある町)の間には、有料の高速道路が開通し、下道で10時間以上掛かったのが2-3時間で到着するようになった。

インドはモータリゼーションの真っ最中であるが、ようやくインフラが追いついてきた感がある。
10年後が楽しみだ。
その頃には、完全に自動車が浸透し、道路網も整備され、人々のモラルも高まり、少しは住みやすい場所になるであろう。
といってもあの国民性は簡単に消えないだろうから、外国人にとってはまだまだ住みにくいだろうけど。

2015年2月10日火曜日

Tea Timeについて

インド人は、イギリス植民地時代の名残か、ティータイムがある。
1日2回、午前と午後に1回ずつ。
このティータイムにどれだけ魅力的なスナックを提供できるか?も、人材確保の面から重要らしい。

午前中は、チャイとスナックが出る。午後は、チャイだけ。
チャイは自動のディスペンサーから出てくる。
スナックは曜日ごとに決まっていて、これも日々の楽しみの一つであった。
月曜日:サモサ(インド風コロッケ)
火曜日:揚げサンドイッチ
水曜日:野菜ピラフっぽいやつ
木曜日:カチョーリ(油で揚げた小麦粉のプレート)
金曜日:揚げパンボール
土曜日:サモサ
だったかな…
これにソースが2種類つく。
甘いのと、辛いのと。
甘いのは、基本的に赤いシロップみたいなのだけど、若干スパイシー。辛くはない。
辛いのは、緑色。原料はなんだか良く分からないけど、多分とんがらしとパクチーとヨーグルトがメインだと思う。
俺は最初は甘いほうがお気に入りだったけど、緑の辛いのがだんだん病みつきになり、最後は緑ソースを味わう為にスナックを喰う、みたいな状態になった。
ほとんどどぶ漬け状態。インド人社員に笑われてしまった。

たまーに記念日なんかだと、ローテ崩しが入る。
韓国のチヂミ風のスナックが出たときは、うますぎて腹いっぱいお代わりをしてしまった。
食堂の人とかインド人社員とか、気前良くお代わりを進めてくるから、期待に応えて食べちゃうのよね。
自分の国のものを外人がおいしそうに食べてくれると嬉しいのは、万国共通だよね。

2015年2月9日月曜日

Canteenについて

インドで勤務していた会社には、食堂があった。
英語でCanteen(キャンティーン)と言う。
ちゃんと調理場がついていて、そこで作った出来立てのものが提供される。

最初に銀色のプレートを取り、そこに食事を好きなだけ取っていく。
・野菜(大根、にんじん、きゅうり、たまねぎ、トマト)
・サブジー(ドライ)=野菜炒め
・サブジー(カレー)=いわゆるカレー
・ライス=すごく粒の長い米
・変なにおいのするヨーグルト
・デザート=練乳みたいなスープにレーズン、春雨状の固形物
みたいな構成。2週間くらいのローテーションで、似たようなメニューが回転していく。
俺はお代わりするほど大好きだったけれど、嫌いな人は全然食べなかった。

とにかく味が濃い。油、塩気、辛み、いずれも強い。
なので、高血圧の人などはドクターストップが掛かった人もいた。
ヨーグルトは最初はオエッてなったけど、そのうち癖になるほど好きになり、
お代わりを何度もするようになった。
キャンティーンを仕切っている陽気なおじさんには、
「ここらの日本企業に数多く食事を提供しているけど、ヨーグルトをお代わりする日本人はお前だけ」
と言われた。誇らしい。

インド人は、ベジタリアンが多い。
なので、食事はベジ向けであり、肉がない。
しかしたまにノンベジ(肉入り)となる。
虫が入っているのである。
俺も何度か、調理されてしまった虫を見つけ、そのうち数回は「がりっ」と噛んでしまった。
おそらく、何回かは知らずに食べてしまっているのだと思う。
そんな時のベジタリアンのインド人のクレームの入れ方が最高だった。
「虫が入っている!俺はベジタリアンだぞ!」
って、まるでノンベジが虫を食べるような言い方。
それ、間違ってるよ!

2015年2月8日日曜日

インドのテント生活者について③

通勤ルート上のある曲がり角に、テント生活者の一団がいた。
毎日いるので、ためしに車内から手を振ってみると、女性たちは手を振り返してくれた。
それから、ささやかな国際交流は毎朝の楽しみになり、寒くなるまでしばらく続いた。

ある朝、彼らの前を通る時、雰囲気が違う事に気がついた。
女性たちがいつもよりきらびやかなサリーを身にまとい、こちらに向かって並んでいた。
そしていつも以上ににこやかに手を振ってくれた。
サリーはインドの伝統衣装だが、日本の着物のように勝負どころでしか着ないものではなく、多分、普段使いサリーと勝負サリーを使い分けている。
その時は明らかにきれいでぴかぴかだったので、勝負サリーだったのではないか。
オレンジ、赤、緑など色とりどりの布と、金ぴかの装飾は、彼女たちの黒い肌に良く映えていた。
「こりゃ朝からいいもん見たワイ」
といい気分で仕事に入れたのは良かったが、
翌朝、彼らは忽然と姿を消していたのである。

出発前にいつもの日本人にお別れを言おう、と考えてくれたのか、移動の時はいつも衣装を変えるのかは全然わからない。
たまたまあの一団に、イベント好きのお祭り娘がいただけかもしれない。
しかし、場所を変える時におめかしするという工夫が、この思い出を作ってくれたのは間違いない。

2015年2月7日土曜日

インドのテント生活者について②

テント生活者の朝は、まず牛糞に火をつける所から始まる。
冗談で言っているのではない。本当なのだ。
女性の仕事の一つに、牛糞をパンケーキ状に固め、天日干しするというものがある。
素手で牛糞をぺったんぺったん固めるという光景は、よく道端で見る事ができる。
さらにそれを屋形に積み重ね、周りにさらに糞を塗りたくって壁を作り、
あまつさえ壁に絵を描いて大切に保存しておくのだ。
そしてこの牛糞ハウスは、田舎に行くほど完成度が高い。
この牛糞燃料で朝食を作ったら、次は水浴びだ。
その辺から水を汲んできて、頭からかぶる。
女性は服の上からかぶるが、一回だけ若い女性が上半身裸で水浴びをしている光景を見た。
これが結構豊満で、朝から鼻血ブーものの眼福だった事は、インドで一番良い思い出である。
(そもそも、インド人女性はナイスボデーが多い気がする)
それから彼らは仕事に向かう。
と言っても、たいてい仕事場は隣の工事現場であり、そこで石コロ拾いなどを行う。
少し良い雇い主などは、レンガで掘っ立て小屋を作って、そこに住まわせる。
良い掘っ立て小屋を作れば、質のよい作業者が集まるのだ、という話も聞いた。
そして仕事が終わるとまた糞を焼いて食事を作り、食って、寝る。
そこでの仕事がなくなれば、テントをたたんで次の職場に移っていく。
こうしてみると、単調ながらこれはこれでよい生活か。

ところで、一見単調に見える生活も、彼らなりに工夫しているようだ。
その工夫が、よい思い出を作ってくれたので、紹介したい。

つづく

2015年2月6日金曜日

インドのテント生活者①

インドにはカースト制度があることを知っている人は多いだろう。
バラモン(支配者)、クシャトリア(役人・武士)、ヴァイシャ(平民)、スードラ(奴隷)という階級制度のことだ。
当のインド人は、昔はあったが今は脱却した、と神妙な顔で言うが、
実際に目の当たりにすることが何度もあった。

今回は、カースト最下層(少なくとも私の生活圏内では)であろう、
テント生活者について書きたい。
実は、先に述べた4つの階級のほかに、アウトオブカーストという層があるらしい。
それが、不可触賎民(ダリット)と呼ばれる者たちで、日本で言う「えたひにん」である。
どうもテント生活者は、この不可触賎民であるらしい。

テント生活者は見た目ですぐ分かる。
色が真っ黒で、服装がみすぼらしい。もちろんテントの近くにいれば一層確実だ。
我々のドライバーも決して教養が高いとは言えないが、それでも彼らを見て顔をしかめていた。

つづく

2015年2月5日木曜日

インドを自転車で散歩②

結果オーライということで、しずしずとお邪魔させてもらいました。
自転車置場に自転車をおいて、構内をふらふら。結構綺麗な感じ。
日曜だったので学生はいなかったけど、家族でキャンパス見学をしている人たちがいた。
父「ここは日本人の留学生もいるのかい?」職員「さあ?」みたいな会話が聞こえた。
そりゃそーだ。職員さんは悪くない。
「怪しい東洋人が昼間から徘徊するような大学に、娘はやれん」っていう展開になったらごめんよ職員さん。

建屋内にもお邪魔した。
掲示物などを読んでいると、なかなか活発に活動している。
鏡室をのぞくと、若いカップルがいちゃこらしていた。うらやま死刑。
きっと周りの目を気にして、休日の大学でデートしているのだろう。
○○鏡室に何時に集合ね、なんつって約束をして、前日は興奮して眠れなくて、
約束の時間より早く着いちゃって、どきどきしながら待って、
鏡室のドアががらがらと開いてドキドキMAX、「待った?」って聞かれて「俺も今来たとこ」なんて答えちゃったりして、楽しい時間はあっという間に過ぎて、
別れ際にチッスをしたいけれど出来なくて、後ろ髪を引かれる思いでお別れして、
帰ってパンツをみたら何かぬるぬるしている…
ああ、何て甘美な世界。わしにもそんな時代があった気がする。

運動施設も充実していて、テニスコート、サッカー場、クリケット場、果てはゴルフの打ちっぱなしもあった。
谷底に向かってぶっぱなすだけのどうしようもない設備だったけど。

時間も遅くなり、疲れてきたので、帰路についた。

目当ての食堂は、日曜なので休みだった。
そんなの行く前から分かってただろ、と自分の段取りの悪さにあきれつつ、
日課の動画漁りを終えて、寝た。

2015年2月4日水曜日

インドを自転車で散歩①

我がニムラナでは、基本的に移動手段が徒歩しかない。
それではつまらん、という事で自転車をニム銀で購入した。
ドライバーに自転車屋を紹介してもらい、そこで4000ルピーの自転車を買った。
ドライバーは「俺の紹介だから安かった」と自慢げだったが、
自転車の出来からすると、とても4000ルピーの代物とは思えない。
きっと1000ルピーぐらいはドライバーの懐に入るのだろう。
で、1000ルピーはぼったくり。ニム民には2000ルピーくらいで販売しているだろう。
これでもまだ高い気はするが。
(インド人は、ぼれると思ったら笑えるくらいにふっかけてくる)
まずまっすぐ走らないのだ。そしてすぐチェーンが外れる。あとパンクする。
インドにはそこらじゅうに自転車修理小屋があるが、それだけ需要があるという事なのだろう。

早速、自転車でお散歩してみた。
目標は、近くの大学でご飯を食べる事だ。

私の勤務する工場は、アパートから車で10分くらい走った所にあった。
その付近に、大学が2つある。そこの学食で昼飯を食いたい!とかねてから思っていた。

ところが、「車で10分」が意外ときつい。
まっすぐ平坦だと思っていた道が、実は坂道だったとか、
国道を命がけで渡らなくちゃいけないとか、炎天下とか。

で、やっと大学に着いたはいいが、門番がいる。
ダメ元で「ちょっと散歩したいんだけど、中に入れてくんない?」って聞いたら、
「ティーケ!(いいよ!)」だって。
ちょっとちょっと、俺、得体の知れない外人だよ?
中国人かもしれないんだよ?マジ警備ゲロゆるなんすけど~

つづく

2015年2月3日火曜日

インドで最初に驚いたこと

インドに赴任して色々驚いた事は多いけれど、
まず最初に驚いた事がある。

それは、男同士で腕を絡ませて歩く事だ。

デリーやグルガオンのモールではあまり見かけない印象だが、
付近のストリートやニム銀では、腕をこってり絡ませながらはしゃいで歩いているのだ。
工場の若い連中、ドライバーなどもそう。
若くて教養の低い層がその傾向が強いように感じた。

初めて見たときは、心底ビビッて思わず写真を撮ってしまった。
何だ何だ、タイがかま天国である事は聞いていたが、
インドがかま天国とは聞いていないぞ!?となったものだ。
同行者が冷静に、それはインド人の仲の良い友達同士なら当たり前の事と教えてくれた。
反対に、男女で手を繋いで歩いているものは見かけない。
インド人は結構そのあたりお堅いようだと聞いた。
(実際に話をしてみるとそうでもない事が分かったのだが、それはまた別の話)

しかし、若い男がお手手を繋いでいるのは、百歩譲ってほほえましく思える。
問題なのはおっさん同士でもお手手をつないではしゃいでいる事だ。
いい年こいたひげ面のおじさんが、気温50度にもなりなんとする中、
汗をも気にせず腕を絡ませきゃっきゃうふふしている。
正直、見ていて気分の良いものではない。

まあ、しばらく住んでいると、何も気にならなくなってくるが。

2015年2月2日月曜日

インド人はうそつきか?

我が住まい、ニムラナには、通称「ニムラナ銀座」なる目抜き通りがある。
我々はそれを「ニム銀」などと称して愛でていたわけであるが、
そこには銀座の名にふさわしく、にぎにぎしく各種の露店が軒を連ねている。

八百屋、仕立て屋、お菓子屋、総菜屋、服屋、金物屋、電気屋、自転車屋…

とくに八百屋は数が多い。
今回は、その中でも私が懇意にしていた八百屋、
通称「正直者ジョンの店」の話である。

彼の店舗は、ニム銀の入り口から3分ほど歩いた場所にあった。
それまで私はいくつかの店で野菜を購入していたが、
ある出来事があって以降、ジョンの店でしか野菜を買わなくなった。

彼は、いつも店の奥の小高い場所に王様のように胡坐をかいて客をさばいている。
日本人の私がひょこひょこと買い物に行くと、陽気に声をかけてくれる。
質問にもめんどくさがらず答えてくれる。

「イェ キャヘェ?(これ何?)」「Lady Finger、Sir!(オクラだよ旦那!)」

ってな具合に。
あるとき私は、彼の言った金額が聞き取れず、適当に少し多めのお金を渡した。
渡した後に「しまった」と思った。
なぜなら、インド人は、「金持ち外人をだまして金をちょろまかしてやろう根性」のやつが多いのだ。

こいつも陽気なふりして同類だろう、そう私は思って半ばあきらめた。

しかし彼は違った。
ゆっくりと首を振り、「旦那、多すぎるよ」とばかりに金額をゆっくりと言い直し、
そしてちゃんとお釣りを返してくれた。
(金額は、私の経験から言っても納得のいくものだった)

私は、心の底から彼に謝りたかったが、謝る言葉を知らない。
ひたすら恐縮し「アッチャー、ダンニャワード(そうだね、ありがとう)」と言うのみであった。

彼はいつものように、おまけをどっさりつけて、野菜を渡してくれた。
これ以降、私は贖罪もかねて、彼の店をひいきにすることにしたのだった。

ちなみにいつもつけてくれるおまけだが、使い方がよくわからずいつも余らせてしまう。
・ダハンニャ(英:コリアンダー、泰:パクチー、中:シャンツァイ)
・グリーンペッパー
・たまにレモン

あと、じゃがいもとかたまねぎは「そんなにくえねーよ!」っていうくらい入れてくる。
天秤で量り売りだから、少量は売りにくいということも関係しているだろう。
(だいたいキロ20ルピー=30円くらいかな。果物はもう少し高い)

とにかく、素敵なジョンでした。
もう一度会いたいけれど、かなわぬ夢だろうな。切ない。

2015年2月1日日曜日

インドの草むらに入ろうと思うな!そこは地雷原…

インドの朝。

草むらに、ペットボトルを小脇に抱えたインド人たちが消えていく。
彼らは何をしに行くのか?
…そう。野外における排便である。

■使用する数字
・インドの人口:10億人
・インドの水洗トイレ普及率50%
・一回にインド人がひり出す便の重量:0.5kg
・インド人が一日に便する回数:2回

以上の数字を使って、インド人がいかにすごいかを証明します。

まず、インドの人口とインドの水洗トイレ普及率から、
・インドの野外排便人口:5億人

さらに、インド人の便重量/回と、便回数/日から、
インド人一人が一日にひり出す便の重量は、1㎏/人/日。

以上より、インド全体における一日の野外排便の重量は、
5億人×1㎏/人/日=5億㎏/日=50万トン/日

一年間だと
50万トン/日×365日=1億8千250万トン

ちなみに、日本の粗鋼生産量は、1年で約1億トン。

やつらは実に、1年で日本の粗鋼生産量の1.8倍もの野外排便をするのである。
野外排便だけでこの量である。
伸び代ハンパない。

インドを旅する人に、これだけは守ってもらいたい。
草むらをいたずらに歩かないこと。
なぜだかわかりますね?
そう、草むらは地雷原なのです。

※粗いにもほどがある計算ですが、あしからず。